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Essay

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2015年 はじまりはじまり。
すべてのものには上があれば下があり、右があれば左があり、表があれば裏があります。もちろん上が下より良いわけでもなく、右が左よりも良いわけでもなく、表と裏は常に表裏一体であり、どちらも欠かす事のできない関係でしょう。そしてその双方がバランスを保ちながら関係を維持している様はとても繊細であり芸術的であると思います。私たちの仕事も、常に様々な要件とのバランスが重要なのだと2015年始めに改めて考えた3日間でした。さあ今年も始まりました新しい発見と経験をたくさん得るために、がんばろうと思います。

(Started )

Essence

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2015  after a long time
2015年、年の初めの腕慣らしに久しぶりに歯根付きのセラミックスに挑戦してみました。なんだかんだポーセレンをガラス板の上でコロコロしながら歯根を作り歯冠を作りしているうちに、もう何年前だろうかクラウス ミュータティス先生のデモを思い出しました。ミュータティス先生のデモを初めて見た時の衝撃と興奮は今の私の重要な骨格になっていることを改めて感じ、久しぶりに心の中のかゆい所に手が届いた様な洋な気がしました。真空焼成で2回法で仕上げました。さてどれが偽物でしょう?といっても一目で分かりますよね。

(Begin )

Essay

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2014年 やっとのリベンジ。
私が歯科技工士になったころには、出来るつもりで出来なかった教科書で習った、基本形のセラミックスのフルマウステストピース。この年になるまで何度か挑戦したものの、頭に思い描いたものにはとうていほど遠いものにしかならない。私たちの仕事は目が命といっても過言でない仕事である、よって年を取るほどに目は衰えてくるため、最高のパフォーマンスを発揮できる時期は自ずと個人差はあるものの限られてくると言われていた。しかし年を重ねる毎に経験に基づいた製作が可能になるはずである。老練という言葉には、華やかさはないものの、無駄無く的確に製作したり完成したりできることを示す言葉があるように、私も長年満足できなかったテストピースを55才を前にしてやっと完成できた様な気がした。今後も老練と言われるように、まだまだ知り尽くしていない天然歯の神秘を観察しながら臨床に取り組みたいと改めて感じた2014年でした。

(experience )

Essence

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2014 Epilogue  
2014年、いろいろな事がありました。もちろん喜ばしい事も、とても嬉しい事もあれば、とても辛い事や、悔しい事、おなかの中が煮えくり返るほどの怒りや、とても幸せな満ち足りた時間など私だけでなく皆にもあったと思います。私はフランクフルト空港で死んでしまうのかなと思ったことや、その後で訪れたストラスブルクで私はまだ生かされているという、今まで持ちあわせていなかった感覚に到達できたことはとても良い経験だったと思う。また4年に一回の歯科技工界のワールドカップであるQDTシンポジュームに招聘をうけ、4年間の自分の集大成をレクチャーできたことや、そこに駆けつけてくれた多くの友人には感謝したい。そのように考えれば人間らしい欲や嫉妬や奢り等、醜いがゆえの不甲斐無さも感じる。しかしながら、さまざまな良かった事も、悪かったことも2014年の最後に日にさよならし、新しい2015年をスタートしよう。そう今日までの終わりは、明日への始まりなのだから。

(Prolog )

Essay

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2014年 ごきげんなトロピカルブルー。
私の重要な仕事であるセラミックワークは、どのステップもドキドキが付きものです。セラミッククラウンやラミネートベニオアをポーセレンファーネスで焼成している時間は、さまざまなステップのなかでもとても緊張します。それはクラウンやラミネートベニアを支えているピンからクラウンが転覆しないか心配だからです。納品が迫っているケースが無事に焼成できるのか、心配で心配でなりません。私のA型という血液型がそうさせるのかもしれませんが、この心配事は私のストレスの中でも大きな事です。こんな心配事を遥か南方から運ばれて来たわけではありませんがトロピカルブルーのペーストジャム(AGP社)が解決してくれました。またこのペーストジャムと松葉のようなピン(パシフィックテクノス社)を併用すれば気分はパラダイスです。銀杏細工のトロピカルバードとトロピカルブルーのペーストジャムが私のセラミックワークの机の上をご機嫌にしてくれています。

(tropical blue )

Essence

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USAの必殺ウエポン日本上陸。 
写真を撮影する事は、いろいろな発見があります。日常的な仕事のステップ撮影から自分の不甲斐無さや、新しい発見や、勘違いしていた事実にも遭遇する事ができます。ただし撮影した写真がいまひとつだと、それらの感動やら恐縮はインパクトを失い、自分の実には?なりにくいものですね。最近はまっているストロボ用アームはPhoto med社の新型ツインストロボ用アームです。このアームでストロボwpレンズから離れた位置に固定しフラッシュのかげんを調整します。今まであった同社のアームも良かったのですが、今回のウエポンはストロボの固定部がピロボールタイプなので回るわ回るわ、グルングルンです。
そういえば、Photo medの商品はいよいよ日本でも購入できるようになったのです。今までのようにインターネットで検索して恐る恐るカゴに入れていきなり『お前のカード番号を記入せよ。』のインポシッシブルな指令から解放されたのだ。めでたしめでたし。

(Photo med with AGP )

Essay

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2014年 テストピース製作に挑戦。
2014年私の年齢は5?才、歯科技工を初めて3?年も経ってしまいました。
毎日の臨床ケースではとても凹んでしまうこともありますが、今までのいろいろな経験や知識をなんとか具体化できないものかと常々思っていました。今年から始めたテストピースコースの受講者の意気込みについついつられて奮起したもののなかなか納得が得られるものは難しものだなーと,しみじみと感じる次第です。今年ももう7月、暑い、蒸し暑いとばかりぼやいてないで、なんとか完成したいものです。しかし心の中で(CAD/CAMでマルチカラーブロックでバイオジェネリックなんかを使って、作ちゃえば簡単かな)悪魔が囁きます。悪魔の誘いを振りほどいてどうにかがんばるぞ。

(Challenge Spirit )

Essence

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ドイツの黒い森のお土産 
先日,古くからの親友でもあり尊敬するSiegbert Witkowski氏が,北京での講演のあとで久々に日本に来日したおりに私のアトリエを訪問してくれました。彼とは2013年のドイツのIDSの会場で逢ってから1年以上ぶりなので短い時間でしたが、話ははずみました。今日の歯科のこと、CAD/CAMや新しいマテリアルのことなどなど、etcその時に彼がお土産で持参してくれたドイツの黒い森の名物のケーキの1/30のミニチュアです。どうやら黒い森ではとても有名なケーキらしくとてもおいしいとのことです。どうせならば本物をいただきたかったのですが、はるばる飛行機に乗って持参できるものではないですね。ドイツからだと12時間もかかるのだから。それでも私にこの黒い森のケーキを届けたいと考えてくれた彼がまた好きになりました。2014年の8月号のQZ誌のグラビアの依頼も新年にいただき、その打ち合わせも出来、さらにはセラミックスの新しい切削方法について報告し氏に試してもらい納得してもらったことは私にはとても意味のある時間でした。私たちがセラミックスをマイクロスコープで見ながら切削や研磨している傍らにドイツの黒い森のケーキがありました。

(black forest 2014)

Essay

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2013年 机の片隅で見つけたプレゼント。
このローマングラスには思い出が多く残っている。CERECを導入しまだ間がない頃、VITABLOCSにVM9をレアリングするテクニックを考察していたころ。臨床で試させていただいたケースの出来が良かった問い事で、たまたまその患者様のご主人のケースもご依頼いただきそのお礼にと、またまた偶然にもそのご主人の仕事柄ローマングラスを扱っていた事から、この貴重なローマングラスをいただきました。
ガラスが何百年もの間、土中に埋まっていることにより起きる一種の風化現象により、ガラスのアルカリ成分が土中に溶け出すことによって、ガラスの表面に無数の微小なクレーター状の穴ができ、その穴に光が乱反射することによって虹色の輝きを帯びるこのローマングラスの美しさは、なかなかうまく撮影できず苦戦しました。撮影方法を変えてまた挑戦します。机の片隅に大切にしまっておいたCERECとの格闘や、VM9による色調表現の苦戦やら、うまくいったケースの患者さまの笑顔やら、様々な思い出とともにロマンスがいっぱいのグラスの輝きがマッチして幸せな気持ちになりました。

(Little Happiness Romantic )

Essence

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Cirse(フランス語) 
依頼のケースを届けるために渋谷のパーキングに車を止めてふと気になった華麗なピンク色の正体は駐車場のアスファルトの隙間から元気よく花を咲かせたアザミでした。ちょうどシェードテイキング用のカメラを持っていたのでマクロ撮影を満喫できました。ところでアザミはスコットランドの国花でもあります。とにかく触れれば痛い草の代表であるアザミは、スコットランドでは、そのトゲによって外敵から国土を守ったとされ国花となっているのです。花の色は淡いピンクであったり薄紫であったり、その花は華麗であるのにその葉っぱには鋭いトゲを持っている。なんだかとてもカッコいい花なのです。一言でアザミといっても大別すれば約19種類あるなかのこのアザミはタイアザミ(トネアザミ)はナンブアザミの変種ではないのかな?きれいな花にはトゲがあるのバラとはまた違った感じで、良い意味でのサバイバルな戦士のイメージを持つこの花カッコいいかも。トゲ(剣)を持つ華麗な花 AZAMI.

(a Champion of Liberty)

Essay

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2013年 すさまじすぎた真夏の夜。
今年の夏は、まるで日本ではないようなと言ってもよその国の夏は良く知らないのですが、今まで経験した事がないような暑い夏でした。そのせいではないのですがEssayをしばらくお休みしてしまいました。久しぶりに更新してみます。暑さばかりが記憶に残る夏、それでも私はいつもと同じ空の下、いつものように過ごしていました。去年と違っていることは11月下旬に発売されるDigital Dental Photographyという歯科技工別冊のための資料撮影のため都内のクリニックの取材に重いカメラ機材を背負い奮闘していました。依頼したテクニシャンの仲間や歯科医師とのナイスなコラボレーションにより良い本になったと思います。期待してください。そんな真夏の夜にあのnostalgiaな場所でさらに衝撃的な光景に出会いました。前に見たマスタングではなく私にも車種の判別はつきませんが、なんと大きく、そして優美で、妖し気なこのオーラをまとった車は、暑さでバテバテで歩いていた私の目の前に突然、その姿を見せました。大きな車体ですが威嚇するでもなく、その独特な丸みをおびたラインがただ妖しく色気を醸し出していました。

(nostalgia 2)

Essence

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a sunflower 
植物は不思議です、毎年その時期が訪れると知らぬ間にその季節の色をまとった花を咲かせます。
もちろん、自然の摂理なわけですからあたりまえなのでしょうが、今年のようにひたすら暑い夏であろうと、大雨が日本各地を飲み込むかのごとく降りしきり、多くの被害をだそうとも、植物達はその季節の花を咲かせます。その姿こそはけなげにも感じられますが、私にはけなげではないと感じられました。その瞬間をおおいに満喫するその花の姿は気品を持ち、そして凛々しくさせ感じるまでの夏の色をした花でした。その名も太陽の花。少しですがバテバテの私にその太陽は力を貸してくれたようです。

(a sunflower )

Essay

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2013年 まだすこしばかり春の遠い北の都。
久しぶりに訪れた北の都は3月だというのにまだまだ雪の深い季節でした。屋内にいるとその寒さを感じる事はないのですが、ひとたび表に出るなり肌を突き刺すような寒さと、降り積もる雪と強風により巻き上がった横からの吹雪が身にしみました。そんな季節に私のワークショップを開催していただき訪れた札幌ですが、季節の厳しさとはうらはらに企画してくれたメンバー,そして参加してくれたメンバー達からは寒さを感じさせない朗らかさと情熱を感じました。こんなに厳しい環境にいるにも拘らず、彼らの目はすぐにそこまで来ている春を見つめるような澄んだ目をしていました。世の中では、あれがない、これがだめだ、自分はこうなのにとか恵まれている事さえ忘れてしまったような言葉を多く聞きます。季節にしろ、環境にしろ自然が与えた貴重な経験であることには変わりはないのに。きっとこの大地の人たちは、冬があるから夏がうれしく感じられるのだと思いました。
どのような事柄も、すこしばかりの時間が必要なのですね。

(エーデル ワイス2)

Essence

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mirage 
飲み干したワイングラスを見ているとそこにホテルの窓越しに見えている街の風景が注がれていました。
いつのまに誰が注いだのかはわかりませんが、ただこの注がれた景色と言う魔法のカクテルを飲む事はできません。
偶然ではありますが、あまりに街がすっぽりと注がれたグラスの中の街を観察すると、そのグラスの中の街にも人々の暮らしがあり、そしてよく見るとそのグラスの中の街にも雪が降り続いています。2つのグラスの中には私たちの存在する今と同じもう一つの世界がそこにはあるような気がします。このグラスの中の世界は蜃気楼なのでしょうか、それとも今とは違うもう一つの世界なのでしょうか、雪が降り続く北の都で見たMirage.じっと見続けているとその世界に入ることができるのでしょうか?この街の中にももう一人の私はいるのでしょうか?
もしもこのグラスの中の魔法のカクテル、飲む事ができたら、いったいどのような味がするのでしょうか?雪が降り積もる特別なカクテル。

(Mirage cocktail)

Essay

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2012年 VITA社からのプレゼント。
VITA masterLabである私のアトリエのドアに飾った50years Veneering Expertise 1962-2012の文字が書かれたエーデルワイスのキャラクターマスコット。1962年から販売しているVITAのセラミックスはすでに50年も基本コンセプトを変えないで我々に届けてくれているのだと改めてその歴史を感じました。実は私の生まれた年は1960年ですから私の方が2才年上になるのですが、50 yearsの文字がとても親近感にみちた文字でした。さて2013年3月のIDSでVITA社はどのような新製品で我々を驚かせるのでしょうか、きっと未来の歯科技工へのヒントを込めた製品がブースに展示されると思います。ところでエーデルワイスの言葉の意味をご存知ですか?実はエーデルワイスとは高貴な白という言葉なのです。この高貴な白という名前の付いたポーセレンファーネス(セラミック焼成機)もドイツから届きました。この白いファーネスは世界限定??台のプレミアムな製品なのです。日本でも数台は輸入されると聞きました。高貴な白の話をしていましたら、何故だか大量の雪が空から落ちてきました。大変です大雪で混乱した東京。

(エーデル ワイス)

Essence

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Evangelist。
2011年から本格的に始めたCEREC in LabEssayの研究と応用も2年経過しました。昨年末にSirona社からin Lab Evangelistの文字が刻まれたプレゼントをいただきました。クリスタル製のリンゴにSironaの文字と私の名前もしっかりと刻まれています。とてもありがたい気持ちです。しかし、Evangelistとはなんとも重い言葉でありましてやリンゴとなれば創造の時代の物語を彷彿させ、そのような器であるのか自分が心配になります。でもinEos BlueとinLab MC XLとともに学んだ2年は新しい発見が多くタフではありましたが充実した時間でした。まだかじられていないリンゴと共に更なるテーマの探求を続けてみます。

(まだ、かじられていないリンゴ)

Essay

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2013年 Bianco。

昨年の忘年会でVoce Claymoreのコアメンバーからいただいた。永遠の白いバラ。
まさに私のコンセプトである、白の審美にふさわしいプレゼントです。2013年がみなさんにとって良き年になりますようにお祈りします。私は元旦から新しいセラミックのレアリング法と天然歯との対比を写真撮影をしながらコツコツと取り組んでいました。そのおり撮影した新しい発見の画像をホームページの随所にUPしておきました。
(Bianco )

Essence

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2013年 Rosso。
Essayと同様にコアメンバーからいただいた白とペアの赤いバラ。もちろん赤のコンセプトは歯肉であり唇であり、白すなわち歯(セラミック)には欠かせない重要な赤の学問も今まで以上に学ぶ必要性を感じています。赤は白があるから艶やかであり白は赤があるからその存在感を発揮できる双方とも欠かせない大切なものです。今年は赤の審美にについても精密で正確な資料を多く得たいと考えています。
本年もよろしくお願いします。
(Rosso )

Essay

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この石垣はいつからあるのだろうか。
金沢城のお堀の石垣がお堀の水面に写る風景がとてもきれいだったのでシャッターをパシャ。この日北陸の11月にしてはめずらしく快晴で朝から気持ちのよい天気です。私も仕事で金沢に来て2日目この2日間は両日とも快晴で良かったです。早朝の金沢城壁跡を見ていた時ふとこの石垣がいつのものなのかとても気になりました。私の仕事はセラミックスを使う仕事なのですが、この石垣もセラミックスの原料と同じ成分も含まれています。この石垣のように私の製作したセラミックスも長い年月どっしりとしてくれれば良いのですが、過去には最新のセラミックシステムで製作したものがあまりにも早く壊れた経験もあり、とてもご迷惑おかけしたこともあり、歴史を感じるこの石垣を見ているうちに気になりました。
やっぱり天然長石かな
(エビデンス )

Essence

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燃える秋の不思議な静寂。
東京ではイチョウ並木がすばらしい黄色に色づいています。日本中の山々ではきっと紅葉も艶やかに色づいていることでしょう。気候も穏やかで湿気も無くとても良い季節にこのすばらしく鮮やかな紅葉とてもリフレッシュができます。しかし不思議な事に色づく街や色ずく風景に身を置いているのにその色から連想できる暖かさは感じません、燃える秋のはずなのに、ちっとも燃えている感じよりも季節の風の冷たさのせいなのか、肌寒さを感じてしまいます。毎年当たり前に秋という季節が訪れてこの燃える様な秋を自然が演出してくれているのに、今年の秋もやっぱり肌寒い秋です。(京都は今燃える秋一色ですね)
季節の変わり目風邪などひかないように、お体大切に。
(autumn ? fall !パート2 )

Essay

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秋の気配。
とても暑かった季節から、がらりと空気の冷たさを感じる日が多くなりました。仕事柄机に座っていると足先から伝わる冷たさに秋を感じるようになってきました。足下の冷たさを辛抱して仕事を続けていますがもう限界だと思いひさしぶるりに表に出て木々を見て冷たさではない目で感じる心地よい秋の訪れを感じました。今年の夏は酷暑と呼ぶにふさわしいシーズンだったせいか、水不足ぎみの樹からは色ずくまで待てなかった葉っぱが残念ながら地面に落ちています。あちらこちらの秋の訪れは艶やかなのでしょうか、それとも切なく訪れているのでしょうか、暑さが苦手な私には秋の訪れは天からの恵みのシーズンです。少し冷たい空気をいっぱい吸って深まる秋を堪能します。
(November )

Essence

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冬が来る前に。
赤い秋、黄色い秋、収穫の秋、食欲の秋、お祭りの秋などそれぞれの秋が始まっている事でしょう。去年見た京都の赤い秋はすばらしかったです、今年の秋はどのようなドラマを準備しているのでしょうか、しかしそれにしてもテレビや雑誌から聞こえてくる今年の秋はお寒い話が多く、冬の訪れの前からなにやら寒さを感じているのは私だけでしょうか、たいしたお祭りごとも無いのになんだか祭りの後の静けさを感じてしまいます。でもせっかくのすばらしい秋のシーズン、暑さが苦手な私はには収穫の秋のシーズンに種まきをして冬の間に十分に鍛錬して新しい春を迎えるタイプの思考で、冬をやり過ごす準備をしなければと考えています。あなたの秋は赤いのですか?黄色いですか?それとも今日の天気のように何処までも澄んだスカイブルーですか。
(autumn ? fall ! )

Essay

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赤と白の審美パートⅠ。
私の仕事は、セラミックスクラウンを製作する事とそのフォトを撮影する事です。ここでの赤とは歯周組織との調和も含まれますが、一般的には唇(リップ)との調和そして顔貌(フェイス)との調和が求められます。非常にタフな仕事ではありますが、赤と白の調和を考えマイクロ的に、ミクロ的に客観的にと随分と小さな観点と大きな観点とを思考し日々デスクの上で格闘しているのです。そして製作したクラウンが装着されカスタマーからも喜ばれ、良いフォトが撮影できた時はとても幸せです。今回の仕事もとても調和のとれたBianco e Rossoの完成です。
(Bianco e Rosso )

Essence

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これは誰の歯ですか。
仕事柄雑誌やテレビは日常的に視覚に入ってくる歯がとても気になります。白い歯、きれいな歯並びなどはとても心地よさを感じるあたりかなりマニアックな職業人かもしれません。でもときおり不思議な歯も見る事があります、その中でも最も破壊力がある表現は馬の様な歯という表現かもしれません、けっして馬が悪いわけでもなく、歯並びは良いし、大きくて白い歯なのに、人間の顔に馬の歯が生えているとそれは事件です。きっと動物的な歯は人間には似合わないのでしょう、でも少し良い表現の場合もあります、(ビーバーの様な歯)という表現は少しかわいい表現として使われることも多いです。馬さんには申し訳ありませんが、馬の様な歯という表現はあまりよろしくないという事になりますね。それにしても良い歯並びだし、よく噛んで食べている立派な歯なのに残念です。
(Rip to relation ship)

Essay

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大都会のキリン。
東京の銀座でロンドンオリンピックの凱旋記念パレードが行われていた日、八重洲で仕事のアポイントがあり暑さと人ごみの中現地にいました。パレードが行われていた通りとは違うエリアなので人ごみにはもまれることはなかったのですが、とても凄い1日だったようです。私は無事アポイントの仕事を終えアトリエまで帰るため八重洲の地下街から地上にでたところで突然キリンに遭遇しました。そのキリンは暑い夏空のした首の長い巨体を真夏の日差しからしのぐようにビルの木陰で休んでいました。ここは東京の銀座なのにキリンが、何故、何故、何故?その長い首で故郷のアフリカが見えるのでしょうか。それとも東京の新しいシンボルタワーであるスカイツリーと競っているのでしょうか。青空にそびえるキリンはとても悠々と見えました。
(fantasy Africa )

Essence

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森の妖精ココペリ。
世界中の森やら林やら、時としては都会の花壇にもココペリという妖精がいるそうです。ココペリにはオスとメスそして中性がいるようで私が市ヶ谷で見つけたココペリは中性です。ちょうどカレー屋さんの庭先で見つけたココペリはもしかして夏の暑さでカレーの匂いに誘われてここまで来たのでしょうか、このココペリは笛を吹きながら踊っていますが、いったい何を伝えようとしているのでしょうか?現在の日本を取り巻く様々な問題の中でも放射能による汚染は深刻な事です。目に見えない深刻な環境汚染をココペリさんはどのように感じているのか質問したかったのですが、笛を吹き踊りながら何処かへ消えていってしまいました。目に見えないものを感じる事の難しさと見るために必要なスキルなのか願いなのか、いずれにしても次回ココペリに逢える日は何時なのかな。
(fairy)

Essay

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ノスタルジア。
やっと蝉が鳴き始めた東京の夜、四谷に1966年型のフォード マスタング コンパーチブルが停まっていました。とてもきれいにレストアされたこの車はまるで新しい車のように輝いていました。それにしてもこの車の近くにはオーナーらしき人影もないのに、ルーフの幌を開け無防備に路上に停まっています。ふと東京ってこんなにも治安が良かったのかとあらためて感心しました。今のラビリンスの時代に1966年型のフォード マスタングがフループンで路上パーキングに停まっているこの潔さとカッコよさに思わず惚れてしまいました。このフォード マスタングの粋なオーナーのおかげでノスタルジックなフォトがゲットでき暑さを吹き飛ばしてもらいました。しかしこの艶のあるカッコよさ、「車名はマスタングなれどとても色気たっぷのメス馬に違いない」と勝手な想像をしながら後ろ髪を引かれながら、妖艶な彼女をなんども振り返りながら帰った夏の夜でした。
(Nostalgia Night)

Essence

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あなたは何処の人?。
研修会のメンバーと立ち寄ったBarでふと後ろを振り返るとそこに彼は立っていました。Barのテレビでは連日のオリンピックの映像がながれ店内はにぎわっています。しかし彼は静かに力強い体と顔貌で、さらには真っ裸でそこにいます。彼の力強さからは不思議といやな感じはありません、想像するにおそらく彼は太平洋の赤道近くの南の島からら来たのではないでしょうか、もしかしたら店長のこうちゃんのお知り合いですか?、あなたは東京に来て何年になりますか?、この店に来て何年になりますか?、何故そこに立っているのですか?、そして何を見ているのですか?何を聞いても答えはありません。
あなたのお国は何処ですか?、そして、あなたの名前は?
(bar Joint)

Essay

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戦争と平和。
広島のこの建物が、無惨な姿になって何年の月日が過ぎていったのだろうか。その間にこの建物はなにを語りかけてきたのだろうか。その当時の事さえ知らない私が、広島を訪れこの建物の前に立ちこの写真を撮影する時、この建物は私に何を語りかけているのだろうか。災害には天災と人災とがあるのだが、この建物はまぎれも無く人災による作品そのものなのであろう。科学の進歩と調和とは裏腹な忘れてはいけない遠い記憶と記録を前に、あまりにも暑すぎるそしてあまりも静かな夏の日の私の記録になりました。
(暑く静かな夏の日)

Essence

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繁栄の証?。
繁栄とは誰がどのように感じるものなのでしょうか、新宿の建物を見上げながらそのデザインとその高さに圧倒されながら、技術と経済の繁栄に押しつぶされそうな私には、繁栄の意味すら小さなもののように感じさせてしまう風景の中で溺れてしまいそうになります。
今、経済は?、自然は?、人々の暮らしは?、今後のもろもろは繁栄という良き方向に向かうことを切に願います。そして目で、心で繁栄を感じてその豊かさを反映した時代が必ず来るのだと信じたい。
いよいよロンドンでは世界的な繁栄の証であるオリンピックが始まります。またそのうちに東京でのオリンピックの開催があればもっとリアルな繁栄を感じることができ嬉しいと思う、にわかオリンピックのファンです。
(繁栄の渦の中で)

Essay

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イルトン セナへの畏敬。
アイルトン セナが、神となってはや何年の年月が流れたのだろうか。
今でもセナの情熱的なレースは私の脳裏から消える事はない。よくセナは天才だったと言われるが、私は天才という簡単な言葉ではすませたくはない。なぜなら、セナは自分の限界を決めず絶えず挑戦し続け、時にはその姿勢をうざったく評価されたりもするのだが、F1ドライバーという自身の職を探求し、死と隣り合わせであるにも関わらず努力し挑戦し続けることを『いとまなかった』偉大な人だったと思うからだ。私の脳裏から、心から、セナがいまだに消えないのは、その生き様があまりにも人間的であり、そして情熱的であり、その凄さが伝わったからではないのだろうか。
とかく自分の限界を年のせいにする私の職業は死とはかけ離れた仕事なのに、時には弱音をはき、時には他をうらやみ、自身の不甲斐無さを他人のせいにして自身を保とうとする自分とは違い、最後の最後まで全力で、全開で私の目の前から一瞬にして去って逝った。
アイルトン セナという人は今でも私の心の中では生き続けている。
(人間的にあまりに人間的に)

Essence

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MP4のコックピット。
大阪御堂筋のマクラーレンのショールームにアイルトン セナが乗っていたマクラーレンMP4/4が展示してあった。赤白のマルボロカラーにPowerd by HONDAのロゴが日の丸カラーを彷彿させとても心が躍った。そのMP4/4の横にアイルトン セナ専用と書かれたプラカードを見て私はさらに心が踊り得体のしれない興奮を味わった。未だに大切に保存されたMP4/4は今にも走り出しそうなほど丁寧に整備されている傍らの(セナ専用)という文字にはセナの凄さを感じ鳥肌が立った、だって彼はもう我々の目の前でこのMP4/4で走る事はないのだから。それなのにセナ専用というプラカードを着けているマクラーレンという会社のコンセプトを感じ感動せずにはいられなかったからだ。
経済状況が混沌とした現在においても、会社のコンセプトを失わない本気度が、少し使いこなされたステアリングホイールや世界中のサーキットで最速のラップタイムを示したスピードメーターやセナとMP4とを一体にしたサベルトのシートベルトなど、当時のままのセナの仕事場を今でも神々しく輝かせていた。
さて、私も私の仕事場に戻って少しばかり頑張らなければ。
(彼の仕事場)

Essay

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雨の季節。
今年も昨年と同様に雨の季節がやってきました。湿気の苦手な私には憂鬱な季節ですが、恵みの雨とも言われるこの季節の雨は我々にとっては大切な時期です。田植えやら、種まきやら大切な作物の仕込みの季節、この雨がなければ私たちは生きてゆくことができないのです。しかし近頃の雨の降り方ときたら恵みの雨とは言いがたい凄まじい降り方をします。これも私たち人間がわがままに、自然をないがしろにしてきたことが理由なのでしょうが、それにしても凄すぎる土砂降りの雨の中ズボンの裾どころか背中までずぶ濡れになり嘆いている私のあるく道路の傍らに、ひっそりと艶やかに雨を満喫している紫陽花の花がとても凛々しく、優雅に見えました。
(紫陽花の優美さ)

Essence

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傘がありすぎる。
都会では:::::傘が無い。随分若い頃に聞いていた井上陽水さんの歌です。でも最近では大雨が降った翌日のコンビニエンスの傘立てに、持ち主に忘れられたのか置き去りにされた透明な傘達が沢山。嵐のような激しい雨の日の翌日の歩道のあちらこちらの傍らに、残骸となった傘の山が出来ている。様々なものがあふれ過ぎてついには飽和してゆく明日を感じてしまわずにはいられない。
それにしても雨は、裕福な人にも、貧しい人にも、良い人にも、悪い人にも、傘をさして防ごうとする人にも、傘を壊してずぶ濡れの人にも、若い人にも、年老いた人にも分け隔てなく降って全てをずぶ濡れにしてしまう。
(雨の思惑とは?)


Essay

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もう一つの現実。
今、目の前にある現実が本体なのか?もしくは目の前には無いものが現実なのか?いずれにしても現実とは、目の前にあるグラスの中でグラスの底から湧き、踊りながら消えてゆく泡のように、生まれては消えてゆくはかないものなのかもしれない。目の前で生まれては消えてゆく泡の生涯は短い時間のように思えるのだが、しかし一瞬のきらめきと湧き上がる情熱だと考える事でその儚さは、果てしない創造と未来を空想させてくれる豊かな、小さな宇宙だと考える事も出来る。もしかしたらこの泡の生涯は、人の人生のようにとても長い旅なのかもしれない。 airs神楽坂
(小さな宇宙の出来事)

Essence

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ラベルは個性であり顔である。
ある農場では1年という歳月をかけて、作物を世話し育て上げる。そして収穫し丹念に熟成させビンの中へ注ぎ、さらに熟成させて人々の魂の源へ飲み込まれてゆく。その一言では言い表せない時間と内容をラベルで表現することは容易な事ではないのだろう。
この女性をモチーフにしたラベルを見ながら、イタリアから東の始まりのこの国にやってきたボトルを手にするるだけで、なんだか農場で働く人たちのことが少しだけ愛おしく思える。きっとこのボトルのラベルが女性だからだとは思うのだが•••。私にとってラベルはそのボトルの中身を想像させるに十分なヒントであり、かってな空想をかき立てるには十分な面立ちである。
(サンジョベーゼの娘)


Essay

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大地にしっかりと足を着け、そして空を見上げよう。
最近なにかと足が浮ついた話を聞きます。何を知り何を求めるのか?現実はそこにあるのに、見せられたもの、聞かされたものに翻弄され続ける毎日。できるものなら自分で見たいもの、聞きたいことを、しっかりと考えることができる自分でありたいと思います。
空はどこにいても同じ、ならば大地にしっかりと足を着け、そして果てしない空を見上げよう。今が混沌の最中にあろうとも。
(モデル Takuya)

Essence

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残雪なのか残切なのか。
旭川へ向かう飛行機の窓に、残雪の残る山の頂きが飛び込んできました。たまたまの好天と偶然の綿雲、一瞬まるで鳥になったような気がしました。しかし、まるで山をかすめるように飛行する機内で、山々を覆っていた雪が解け新たな春の訪れに心が弾む人々がいれば、新しい季節の始まりはまた年を重ねた印であり、雪を惜しむ人々もいるのかもしれない。などと考えている自分もすでにいい年になったのですね。やはり私は鳥にはなれず、人間なのですね。皆さんにとっては、残雪ですか、残切ですか?もちろん新たな生命のいぶきを謳歌する残雪ですよね。
(北の大地の目覚め)


Essay

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お茶目なお師匠さん。
デジタルに疎い私が、やっとホームページを製作して師匠であるClaude Siieber 氏にお知らせしました。とても喜んでもらい嬉しかったのです、これまで尊敬し羨望している氏の教えをを自分なりには努力して日々格闘している力作になったと思っています。少しずつ手直ししてさらに良いページになればと考えていましたら、氏からメールが届きました。『sie-berとshow-berは似ているな。良いアドレスで私もハッピーだよ。』との言葉、スイスにもシャレはあるのだなーあと感心したり感動したり、とてもお茶目な私のお師匠さんです。フェイスブックが未だ理解できなく、携帯のメールが指が大きすぎ、目が遠くてできなく、やっとホームページが出来た時代遅れの私です。ホームページに来て、時代遅れのエッセイとエッセンスを読んでいただきました皆さんありがとうございます。(show-ber)

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びっくりサプライズ
先日、友人の新しいオフィスの開業のお祝いに青山に出かけました。あいにくの雨でしたが、新しい門出『雨降って地固まる』チョット昭和ですが、よいオフィスでした。祝杯のBar Rabbit Footに案内されとてもビックリしました。参加した我々を迎えてくれたのは、なななんとあの、その、磯野貴理子さんではありませんか!まさかのサプライズでも何故??????。どうやら友人のオフィス同様今月(5月)にお店が始まったそうで、友人も不安と期待に開業の準備をしていて近所で開店したばかりのBarこれもなにかの縁ではと立ち寄ったところ、いきなり貴理子さん本人がいてビックリしたそうです。この驚きを祝福に集まった皆にと開業の日に、無理を言って本人にいてもらったそうです。これはビックサプライでした。とても気さくで、毎週日曜日の朝の番組(はやく起きた..........)の方が親切に接待をしてくれ、さらにサプライ。あいにくの雨がとてもハッピーな恵みの雨になりました。いただいた名刺にサインをいただきついでのサプライ。きっと友人の開業は成功するなと予感したサプライな夜でした。
(南青山Bar Rabbit Foot)


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ロミオとジュリエットのハムレット
5月9日(2012)堀越のりさんがジュリエット役をした演劇を見に行きました。
大堀こういちさんが脚本を書いているこの作品は、ロミオとジュリエットの劇中でハムレットの劇が進行する聞くと、ハチャメチャな内容のようだが、見ておどろき!しっかりと内容は整って、しかもシェークスピアのハムレットをシンプルに理解させてもらいおもしろかった。その劇中で堀越のりさんの演じるジュリエットはロミオ(佐藤永典さん)との切ないラブロマンスを、少しだけラブコメディとして演じていた。この演劇のシンプルなハムレットのストリーを見て、最近のデフレスパイラルから脱失できず、安易なダンピングに没頭し次々と日本が誇る企業が推進力を失っていく様と似ていて、最終の結末である『そして、誰も幸せではなくなった。』になってはマズいなと考えさせられた。
写真は当日パンフレットにサインをいただき感激する私(博品館)

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魔法の白い金属。
5年前に装着されたこのパーツ(既製品)のこの結末は何なんだろうか。美しさと未来を具現化したあのキャッチコピーは何なのだろう、よもやが現実になり目の前にこうして存在した時、真っ白な頭のなかで、むなしく人間の英知への警鐘が聞こえてきたような気がした。
ならば最近の流行である、この材料と同じフルカウンッアの製作物も5年後にはこんな風になるのか。
言葉にならない不安を、感じたことすら忘れたい恐ろしい出来事。(固さがこそが、すべての答えなのか?)

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私たちは何処から来て、何処へ行こうとしているのか。
太陽は朝になると東の地平線から現れて、そしてその日が終わる頃西の空へ消えてゆく。もちろん新しい朝がくれば、また東の空には太陽は現れる、でもそれは絶対なのだろうか、それは永遠に約束された絶対なのだろうか。そんな壮大な事を考えたところで何も解りはしないのだが、旅先で久しぶりに見た海に沈む夕日を見た時、波間に太陽が示した道が見えた様な気がした。(神戸)

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暗黙の暗示。
この写真は、友達の焼き肉屋さんのトイレの看板です。少し個性的な店長(カラフルな服装)ですが、このトイレの看板を選択するあたり良いセンスですね。そのお店にはトイレは男女共用の一つしか無いのですが、このマークがいろいろな人たちが使うことを暗示させてくれ、そして次に使う人への配慮を忘れないようにという暗黙のルールがあるように感じてしまいます。料理もおいしく、楽しい店長のお店から学んだ『配慮のあるセンス』、私の仕事にも、暗黙の思いやりを感じていただける愛情だけは絶やさないことを心がけたいな。(焼き肉ToTo)

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